出会いをとっ捕まえるんだ
例えばの話、出会いをもしも一個の生命体に喩えたとした時、アナタはどんなイメージを抱いて、そしてどうやって捕まえるべきだと思っただろうか?ソレこそアナタが心のなかで無意識的に出会いに抱いているイメージであると同時に壁の高さを表している訳です。もしもしょうもないネコ程度の小動物を思い浮かべたとしたらアナタにとって出会いの脅威というのはその程度であり、取り敢えず頑張れば捕まるかな(もしくは寄って行けば行くほど逃げていくという訳もできるワケだが)程度の難易度であると言う事だ、さてここで改めてもう一度聞いてみたいのだが、果たしてアナタの抱いた出会いに対するイメージとはいったいどんなものだったかな?
出会いとはそもそもなんぞや?
出会いとはそもそもなんなのか?そんな質問が許されるのは中学校の2年生までである、それ以降は自分自身の頭で考えて答えを出さなければならないだろう、もう子どもではないのだからね、そもそもよくドラマや映画の作中には『子供扱いをしないで欲しい』といういかにもな台詞が出てくる訳だが、思うに大人が自分自身で『俺を大人として扱って欲しい』と言うだろうか?そんな事を言うのはいつだって大人になりきれない図体ばかりのでっかい糞のような糞ガキの仕業に他ならないのださて議題の論点がずれてしまったが要するに出会いとはすなわち己自身であり、本人が出会いであると思えばソレはもはや出会いなのである。それともアナタは誰かにコレが出会いなんですと言われなければわからないのだろうか?
この出会いはまさに黒十字章もの
出会い系サイトに様々な種類があるように、当然別れにも様々な種類が存在するわけだ、時にはK察などの審判員によってジャッジされ人生の表舞台から強制的にに退場させられる事もあれば様々なペナルティを加えられるというパターンもあるだろう、このように人生におけるエクストリーム出会い探しには紳士的なプレーが必須であり重要なのだ、しかし出会いと別れは場合によっては表裏一体であり、素敵な出会いがあるのならば残念な出会いもある事だろう、だからこそ我々は自分たちの満足できる出会いをさがすワケだし『君と過ごした日々は僕にとって唯一かけがえのない黒十字章(ヴァルケンクロイツ)だよ』とかゲルマン人風に言ってみたいと思っているのさ。